夜明け間もない静かな街にスーツケースのキャスターが小気味よく歩道に響くくすんだ色の空を見上げメロディを口ずさむ幾度となく歌ったその歌の題名を思い出せないまま次の街を目指して僕は歩いた
君に泣き顔は似合わないからほら顔を上げて涙を拭いて光なき夜の世界に幕を下ろし新たな朝を一緒に迎えよう
どこからともなく鳥のさえずりが聞こえ始めたカーテンの隙間からそっと窓の外をのぞき見ると朝焼けで茜色に染まった雲が静かにたなびいていた思わずはっと息をのむ昔から見慣れた景色なのにただ無心で眺めているだけで心が洗われるような気がするやがて窓か…
いつまでも一緒にいようあの日の彼方の一言がわたしにとってのエンゲージリングだった
八年と三ヶ月君と一緒に通った道次の交差点を右に曲がると僕らの団地が見えるはずその距離わずか二百メートルだけどなぜか今日に限ってその距離が短くもどかしい
異国の街での一人きりのティータイム微笑みながら見つめ合う恋人たちになぜか胸が痛むあなたは今どこで何をしているの?忘れるために旅に出たはずなのに思い浮かぶのはあなたのことばかり
静かに目を閉じ両手を合わせ虚空に向かって低頭する何を祈るか欲するかその表情はただ美しく
いつもあなたに逢いたくてただ声が聞きたくて時を刻む秒針とともに眠れぬ夜を数えるどれだけ募らせても声なき想いはあなたに届かない分かっているそんなの分かっている当たり前のことなのにそれがただ悲しくて
洗濯かごを両手で抱えベランダに出たところで思わず足が止まる柔らかな日差しにほんのり染まりながらゆったりとただよい流れる綿菓子のような雲のかたまりふと我に返り大きく伸びをしてから目を閉じて深呼吸今日も一日いい日でありますように
暮れなずむ景色が涙で滲みカメラを下ろして目をこする心が痛むわけは自分でも分かっているだから神様あと少しほんの少しだけでいいからこの空の色を留めておいてもらえませんか
八時二十三分決まって同じ時間に颯爽と自転車で通り過ぎるキミわたしは立ち止まってキミの姿が見えなくなるまで無言で背中を見送るだけでも今日は特別もしもできることならいつもと違うわたしに気づいて欲しい春の暖かな日差しを受けて可憐に咲く薔薇のよう…
君が去ったあの日から僕の時間は止まったままここにいるはずのない君の姿を探してしまい途方に暮れる日々の繰り返したぶんきっと他の誰かを好きになるまでにはもう少し時間が必要なんだそう自分に言い聞かせながらどれくらいの時を重ねたのだろう?
笛竹の清き響きに身を任せ軽やかに舞う緑の衣
飛び跳ね踊り輝き散ってはかなき命を謳歌するあまたの光の申し子たち
真夜中の突然の電話海が見たいと呟いた君の声がどこか落ち込んで聞こえた翌日の出社前に二人で海に出掛けた潮風にスカートを揺らしながら素足で走り出した君を追いかけ誰もいない砂浜を走る空はどこまでも青くとても風が強い日だった波打ち際で白波と戯れな…
「君の大切な人を悲しませたくない」そう言ってあなたはわたしの前から姿を消した一番大切な人にしたかった人からの正しいけれどとても残酷な言葉あなたはきっと知らないでしょう今もあなたの影を探してわたしはこの大空をさまよい続けている
静かに目を閉じ時の流れに身を任せる凛と響く神楽鈴心の奥底に積もった塵芥が少しずつ消えてゆく感覚
二人をたとえるならそうツバメの幼いヒナ同士たったひとつのお菓子を巡って大喧嘩をしたこともあったっけ明日の朝にこの家を出て行くけれどこの思い出があれば大丈夫新しい場所でもきっとうまくやれる
野点傘の下で静かに微笑む小袿姿の君が眩しくて春色に染まる光に目を細め隣の君を感じながら僕は胸を高鳴らせている
甘えん坊のキミはすぐにギュッとするけどふかふかであったかだからゆるしてあげる
すぐ隣に君がいるだけで僕はいつだって優しい気持ちになれるいつまでも消えないでいて欲しい今のこの気持ち
暖かな春の陽気に誘われて少し寝ぼけた顔の草花たちが空に向かって背伸びをしながらみんなで歌を歌っています
ふわりと気ままな風に乗り野山に街にやって来た小さな春の妖精たちが草木の花を咲かせています綺麗な花を咲かせています
旧校舎の屋上で冷たい手をこすりながら君と一緒に見続けたあの日の夕焼けの色と匂いを僕はきっと忘れない
そういえばここに来てぼんやり時間を過ごすのもいったい何度目だろうとふと我に返る辺りを包み込むような淡い光に目を細め遥か遠くにあるはずの我が家を探すそれは現実逃避だねと貴方は笑うかもしれないけどでもわたしにとっては大切な場所と時間なの
何度目の春が来たのかもう定かではないいつも変わることなくこの時季になると枝一杯に花を咲かせ光と香りを辺りに放つそして水面に映る相棒をぼんやり眺めながらうたた寝するのがわたしの楽しみである
ラテン調の曲に合わせ激しく踊る舞姫たちその中でもひときわ艶やかに軽やかにステップを踏んでいた君の姿が今も目に焼き付いて離れない
その景色にカメラを向けたときたまたま視界に入ってしまった人が振り向くとわたしを見て微笑んだちょっと驚きながらもわたしは少し照れながらカメラのシャッターを押したファインダーの向こう側にもこちら側にも変わらず景色がある 人がいる当たり前だけど …
薄明の空を音もなく切り裂く飛行機雲やがて世界は艶やかな帳に包まれ深い眠りにつくだろう
木々が互いに肩を寄せ合い草々の謳歌がこだまする人跡未踏の山間部甘い空気を胸一杯に吸い込み静かに瞼を閉じると私も山の一部になった